横浜地方裁判所 平成3年(ワ)1043号 判決 1992年11月30日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
理由
第一 請求
被告は原告に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成三年二月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 被告は、損害保険会社である。
2 原告は被告との間で、平成元年一一月二〇日、保険の目的を三三〇〇平方メートルの敷地内にある野積商品、保険期間を平成元年一一月二〇日から、平成二年一一月二〇日まで、保険金額を五〇〇〇万円として普通火災保険契約を締結した。
3 平成二年一〇月三日午後八時ころ、保険の目的たる古タイヤが火災により焼失したため、原告において被告に対して保険金の請求をしたが、被告はその支払を拒絶した。
4 被告が支払を拒絶した理由は、次のとおりである。
(一) 原告は訴外高部佐七外八名(以下「地主」という。)所有の神奈川県平塚市馬入字中島境二一八一番外四筆の土地(以下「本件土地」という。)上に前記保険の目的物を野積していたが、右地主から土地の明渡訴訟を提起され、平成元年一月二〇日、東京高等裁判所で次のとおりの和解が成立した。
(1) 原告は、平成二年一月末日限り、地主に対して右土地を明け渡す。
(2) 原告は、右土地内に新たに古タイヤを搬入してはならない。
(3) 原告は、和解期日において、地主に対して、右土地内の古タイヤの所有権を放棄し、地主が任意に処分することに同意する。但し、地主は、平成二年一月末日までは右処分をしないものとし、原告は右期日まで古タイヤの搬出販売をすることができる。
(4) 原告は、平成二年一月末日限り、地主に対して、右土地内にある一切の動産類の所有権を放棄する。
(二) ところが、原告が平成二年一月末日までに古タイヤ等の動産類の搬出ができないため、平成二年一月三〇日、原告と地主間で、右和解条項の平成二年一月末日とあるのを平成二年四月三〇日と変更した。
(三) しかるに、原告が平成二年四月三〇日までに古タイヤを搬出しないまま前記のとおり焼失したのであり、右焼失当時、原告は保険の目的物の所有権を有していなかつたことになるから、原告の被告に対する保険金請求権は存在しない。
二 争点
本件保険の目的物である古タイヤが焼失したことによつて、原告に損害が発生したか(原告と地主との間で成立した和解によつて、原告が古タイヤの所有権を放棄したか否か)である。
第三 当裁判所の判断
一 《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告を含む三名は、九名の地主から五筆の土地を借りて、古タイヤの置き場として利用していたが、賃料の支払を怠つたため、地主から明渡訴訟を提起され、一審で敗訴の判決を受けた。
2 右判決に対しては、原告らから控訴がなされ、その控訴審において、平成元年一月二〇日、原告において右土地を占有する権限がなく、かつ、明け渡す義務があることを認めたうえ、原告を含む三名の控訴人及び利害関係人樋渡賢二(以下「原告ら」という。)と地主間に前記の要旨の和解が成立したが、右和解においては前記要旨の外に、(一)原告らは古タイヤの所有権を、右和解成立の日に確定的に放棄し、地主が任意に売却、廃棄、搬出その他いかなる処分をすることに異議がなく、かつ、その処分の結果に対し何らの異議申立てもしないこと、(二)地主は、平成二年一月末日までは、右の処分をしないものとし、右期日までは、原告らにおいて古タイヤの搬出販売をすることは妨げないこと、(三)原告らは、平成二年一月末日までに、本件土地上の事務所、物置、居宅、ポンプ室等の建物の所有権、同各建物内の動産類の所有権、本件土地上の自動車その他一切の動産類の所有権をいずれも放棄して、右各建物から退去することによつて土地の明渡に代えることができること等が併せて合意された。
3 右のような和解が成立した背景には、当時右土地上に保管されていた古タイヤは約一〇〇万本にも達し、原告らにおいてすぐにこれを搬出、売却ができないこと、地主においても強制執行するには古タイヤの搬出に多大の費用を要することから、相当の明渡猶予期間を設けて原告らによつて少しでも保管されている古タイヤの搬出を期待するという状況があつた。
4 その後、右和解によつて決められた明渡期限の直前の平成二年一月三〇日に至り、原告らの申出に基づき、原告らと地主間で、(一)前記和解によつて原告らに対して認められた古タイヤの搬出、販売を平成二年四月三〇日まで事実上認めるので、原告らにおいて、出来る限り、古タイヤの搬出、販売を行うものとする、(二)地主は、平成二年五月一日より本件土地上に、その時点で存在する一切の古タイヤ等の本件土地外への搬出、廃棄、売却その他の処分を開始する、(三)原告らは、これについて異議はなく、何らの妨害もしないうえ、地主による古タイヤ等の処分について、何らの異議を申し立てず、また、何らの請求をしない旨の覚書が交わされた。
5 ところで、
(一) 地主鈴木十四郎は、平成二年三月八日に、訴外株式会社梅田モータース(以下「訴外会社」という。)に対して、本件土地中、平塚市馬入字中島境二一七三番地畑(登記簿上の地目は河川区域)二五七平方メートルを、
(二) 地主山口キヨ子は、右同日に、訴外会社に対して、本件土地中、右同所二一七五番地畑(登記簿上の地目は河川区域)四〇三平方メートルを、
(三) 地主高部佐七は、平成二年八月三〇日に、訴外会社に対して、本件土地中、右同所二一八一番二畑(登記簿上の地目は河川区域)七九六平方メートルを、
(四) 地主高部光雄は、平成二年八月に、訴外会社に対して、本件土地中、右同所二一七四番畑(登記簿上の地目は河川区域)五九五平方メートルを、
(五) 地主鈴木健司は、平成二年八月に、訴外会社に対して、本件土地中、右同所二一五九番山林(登記簿上の地目は河川区域)七九六平方メートルをそれぞれ売却する旨の契約を締結した。そして、右各契約においては、現状有姿のままの売買とし、タイヤ、建物その他一切は買主側で撤去する旨の約定があるほか、鈴木十四郎、山口キヨ子と訴外会社との間では、平成二年三月八日、本件土地の原告らの立退が平成二年四月三〇日となつたことから、訴外会社に対する右売買土地の引渡を平成二年五月に行う旨の合意が成立した。
6 その後、訴外会社は、平成二年一二月、右買い受けた土地を訴外有限会社ハーバー湘南に売却し、前記二一五九番の土地については、同月三日に中間省略の方法により、右地主らから同会社に対して同日付け売買を原因とする所有権移転登記が経由され、その余の土地については、同月一八日に同月一七日付け売買予約を原因として、同会社のために所有権移転請求権仮登記が経由された。
以上の事実が認められる。
二 そこで、右事実を前提に検討するに、原告らと地主間の和解において、原告は古タイヤの所有権を放棄しているものの、明渡猶予期間中はその搬出及び販売が認められており、古タイヤの所有権の放棄は和解成立の時点で行う必然性は乏しいことからすると、右和解における当事者の意思解釈として、明渡猶予期間中は、なお原告に古タイヤの所有権が留保されていると解される余地がないではないが、地主において本件土地を第三者に売却していること、明渡猶予期限後は地主によつて古タイヤがどの様に処分されても原告において異議が述べられないことになつていること等からすれば、遅くとも延長された明渡猶予期限の経過によつて、原告は古タイヤの所有権を失つたと解するのが相当である。仮に、明渡猶予期限後も、原告において本件土地から古タイヤを搬出していたとしても、右搬出は自ら搬出するのに多大な費用を要する地主が黙認していたに過ぎず、だからといつて右明渡猶予期限後も原告が古タイヤの所有権を有していたと解するのは相当でなく、原告が所有権を有していない以上、古タイヤが火災によつて焼失したからといつて、原告にはそれによつて損害が発生していないといわざるを得ない。
そして、本件保険金は、古タイヤの焼失等によつて原告が破る損害の補填を目的とするものであるから、原告に損害が発生していない以上、原告が保険金を請求することはできないと解さざるを得ない。
三 以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 片桐春一)
《当事者》
原 告 西湘ゴム工業株式会社
右代表者代表取締役 樋渡賢二
右訴訟代理人弁護士 長島憲一
被 告 富士火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 葛原 寛
右訴訟代理人弁護士 古屋俊雄